よせばよいのに、京に向かって


by princetown
寒い冬の間の旅は厳しい

そこで、春になり再開することにした。箱根峠から三島を眺めるとはるか彼方に霞んでいる。気が遠くなる。11km先だ。

途中、一夜城址がある。秀吉の小田原攻めのときの北条方の出城。豊臣方の鉄砲の前にはわずか半日で落城したところだ。

石は使わず、畝堀り、深い堀、土塁などが自然地形をうまく利用して構築されているが、鉄砲との戦いでは、とてもかなわない。

まもなく、「三島宿」。
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# by princetown | 2005-04-15 17:12
うっそうとした杉並木から、時々芦ノ湖が見える。

箱根権現神社の赤い鳥居の前で記念写真を撮った。江戸の日本橋から、約98km。やれやれ、何はともあれ、あの「天下の剣・箱根八里」を越えてきただけでも、自分を誉めてやろう。

芦の湖畔に「箱根町」と「元箱根町」がある。説明によれば、現在の元箱根に宿場を設置しようとしたのだが、ここは「箱根権現」の門前町だったことから、南よりに「箱根宿」と関所を設けたのだそうだ。

大体、関所の任務は「入り鉄砲と出女」。どこの関所も同じなのだが、通行するためには、いろいろな事前申請印や手形印が不一致だと通れない。
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# by princetown | 2005-04-13 15:00
箱根登山電車の「箱根湯本駅」あたりの三枚橋で国道1号線と分かれて、早川をわたり、坂道を上がっていくと、車が殆ど来ない静かな旧東海道。奥湯元の街が下方に見え、沿道には右左に温泉宿がある。

畑宿バス停の先、一里塚の支柱と箱根旧街道の案内板があって、そこから樹木がうっそうとした石畳の旧道。最近降った雪が至る所に残り、霜柱が珍しい。石畳は天にいたるかのようで、よくも先人がこの道を作ったものだと感心する。道幅はだんだんと狭くなり、1mあるかないかだ。昼なお暗い坂道。

アスファルトの国道にたどり着いた。茅葺屋根の「甘酒茶屋」で一休み。参加した7名は、疲労困憊で、口をきかない。
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# by princetown | 2005-04-12 15:51
小田原は北条早雲から五代にわたり関東ににらみを利かせていた。

これを記念して春になると「五代祭り」がある。小田原城や小田原市内を練り歩く武者行列のイベントがある。

JR「小田原駅」ら徒歩5分ほどで小田原城に到着する。小田原は、したがって、、城下町だ。

宿には多くの旅人が泊まったといわれている。お隣の大磯には15km、ちょっと遠く、江戸へ下るには、ここで旅装を整えておきたいと言う事情から、また、京に行くには、朝早く発って難所と言われた「箱根8里」を越えねばならなかったのだ。箱根には山賊が横行、幕府もこの取締りには躍起になっていたのだが、日常茶飯事だった。

全盛期には、250万石の大城下町であったが、秀吉の15万の大軍の前に、後北条氏の小田原城はあっけなく落城した。時に1589年。
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# by princetown | 2005-04-11 18:32

五十三次旅日記 5

江戸・日本橋から小田原宿まで82km。

その間、宿場が8ヶ所、スタートポイントの日本橋の中ほどに起点を示す「東京市道路原標」が埋め込まれている。

あいにく横殴りの雨、さい先が思いやられた。銀座通りを歩き、最初の宿場が「品川」だった。
鈴ヶ森の処刑場址を見て多摩川を渡り、相模川を渡り、小田原にたどり着くまでには何日もかかった。
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# by princetown | 2005-04-10 13:51

五十三次旅日記 4

「古代史研究会」は、関が原の戦いで終わった。

リーダーは、専門分野でないので「関が原」以降は、とても自信がないといわれて、みなが残念がった。

そのころ、「横浜歴史散歩の会」に入会し、鎌倉を中心にして、寺社を巡り歩き、「鎌倉時代」
源頼朝が鎌倉で幕府を樹立し、その後の150年間を学ぶことができた。

では、江戸時代はどうなのと欲が出てきた、

徳川家康が、慶長5年(1600)、関が原の戦いで、勝利を収め全国支配の基礎を固め、翌年東海道に宿場を設定。

そうか、江戸時代を勉強するのなら、五十三次を歩けば、本を読むのより実感できるだろうう。
結論は、軽薄、動機が単純!!

地理も歴史も 一挙両得のはずだが・・・
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# by princetown | 2005-04-09 09:52

五十三次旅日記 3

しばらく続いた「古代史研究会」

約80人が、毎月1回集まった。リーダーはある新聞社の文芸部に務めたことがある人だった。毎回、膨大な資料をいただいた。

古代史から始まったものの、参加の皆さんから、是非、続けて欲しいとお願いした結果、古墳時代、天平・飛鳥、奈良時代、平安時代 そして、関が原の戦いまで、真剣に勉強した。
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# by princetown | 2005-04-09 09:20

五十三次旅日記 2

思えば、だいぶ前だった。

ひょんなことから、「日本の古代史」をみんなで勉強してみませんかと1通のはがきが送られてきた。

子供の頃学んだ日本史は「神話」で天孫降臨、天の岩戸などばかり、日本にだって立派な古代があっただろう。人が住んでいれば、いろいろなことがあったはずだ。何も朝廷や公家、貴族だけが生活していたわけじゃない。

お隣の韓国や中国と日本が、東支那海を我が家の庭のように使って交易が行われていたはずだ。

目線を下げて、一庶民はどんな生活をしていたのか。
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# by princetown | 2005-04-09 09:09

五十三次旅日記 1

人から、何で、五十三次を歩くるのかと聞かれる。

今まで、ちょっとしたところへ出かけるのにも、バスや電車、タクシーを使ってきた。

確かに、江戸から京の都まで、500kmある。

何日かかるのかも分からず、事前の知識もない。とにかく、東海道線に沿って歩けば京都だろう。

発想は単純。だめなら、電車に乗って帰ればよい。動機がまるで、子供のようだ。
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# by princetown | 2005-04-09 08:56

春は曙

思い立ったら吉日。

江戸からー小田原宿まで歩いてきました。

しばらく、宿場を散歩してみよう。

そのあとは、「天下の難所・箱根」に向うとしよう。
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# by princetown | 2005-04-08 21:41