よせばよいのに、京に向かって


by princetown

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日本橋から416km

関は、鈴鹿の関が置かれていたところだ。
中世は関谷とも呼ばれて、東海道、伊勢別街道、大和街道が分岐した交通の要衝であったし、室町期には地蔵堂付近に関所があった。

地蔵さんは「振袖着せて奈良の大仏さん婿にとろ」と鈴鹿馬子唄に歌われるほど、美しいことで評判だった。

関所は織田信長により一時廃止されていたが、江戸幕府の宿場整備で、47番目の宿場として、また鈴鹿峠への入り口として繁栄した。

関宿は、宿場時代の古い建物が残っており、町並みは1.8kmが重要伝統的建物群保存地区に指定されている。地蔵院で抹茶を頂き、江戸期にタイムスリップ。福蔵院は織田信孝の菩提寺。

人口: 1942人、 家数: 632軒、 旅籠: 42軒、 本陣: 2軒
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by princetown | 2006-12-28 10:53 | 日記、一般