よせばよいのに、京に向かって


by princetown

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日本橋から410km

東海道は、亀山市街へと入っていく。本町2丁目は亀山城江戸口門跡があり、東海道は右へ緩やかに折れて、大手門跡から左へ折れる。「亀山に過ぎたるもの」の一つに数えられた堂々たる門がある。

亀山城址 今は石垣の上に多門やぐら、堀、土居の一部が残っている。城のやぐらや城壁がまるで蝶が舞うように見えることから、かって胡蝶城と呼ばれた華麗な城郭であった。東海道から一本北へ入ったところに亀山藩家老職の加藤内膳家の侍屋敷の長屋門と土蔵が残り、長屋も復元されている。

人工: 1549人,家数: 567件、旅籠: 21軒、本陣: 1軒 
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by princetown | 2006-11-30 14:55
日本橋から403km

石薬師宿を出てまもなくこの宿に到着した。上野一里塚を過ぎ、田んぼの中をくねって、いったん国道1号へ出る。記録によれば、東海道でも二番目に短い。そして、宿の成立はもっとも遅く寛永元年(1624)。安藤広重の「庄屋の白雨」が有名だ。右に笹が生い茂り、細い道を京に向かう旅人5人。唐傘を持つもの2人。箕笠かぶりで急ぐもの3名。強く降る雨。宿は近いのだろうか。
案内の標識は、庄野集会所前の「本陣跡」の石柱だけ。その南側に高札所、つづいて脇本陣・楠家、また本陣の手前の路地には問屋場があった。
当時の人口: 855人、 家数: 211軒、 旅籠: 15軒、本陣: 1軒。
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by princetown | 2006-11-17 13:45