よせばよいのに、京に向かって


by princetown

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日本橋から約389km

伊勢湾をぐるりと回り、桑名宿を過ぎたところがこの「四日市宿」だ。今では海岸線が埋め立てられて臨海コンビナートなのだが、往時の四日市はどんなにさびしいところだったか。安藤広重の絵によれば田んぼのあぜ道を、雨の中、箕のがさを着て蛇の目笠を斜めに歩く旅人が一人二人・・・・。

四日市は湊と市場から発達した。市場は浜田氏の浜田城築城のおり整備され、五箇所で定期市が開かれていた。やがて毎月、四日を初めとしてつき6回の市が開かれるようになり四日市の名が付いた。

石造りの道標で「すぐ江戸道」、「すぐ京いせ道」。文字の上に矢印がある。伊勢と別れて、いよいよ京都が近くになってきたのだ。ここは「日永の追分」。

本陣 2、旅籠 98軒、 人口7114人。
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by princetown | 2006-05-01 11:44