よせばよいのに、京に向かって


by princetown

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江戸より33番目の宿 約283km

遠江国から三河の国に入った最初の宿場だ。

街中に、大きな看板がある。それによると、


開設当時は二川村と大岩村の二ヶ村で、一宿分の業務を行っていましたが、1644年、両村は現在地に移転して、二川宿と加宿大岩町となり、東海道五十三次中33番目の宿駅として業務を行うこととなりました。

1843年には、本陣、脇本陣それぞれ一軒、旅籠屋が38軒、人口は1468人で、家数は328軒でした。

現在も、本陣をはじめとして、江戸時代の宿場町としての景観を残しています。

豊橋市二川宿本陣資料館
妙泉寺の宿内に文人が立てた紫陽花塚があり、芭蕉の句「あちさいや 藪を小庭の別座敷」が刻まれている。
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by princetown | 2005-08-12 16:17
江戸から32番目の宿

この宿は、遠江国の西のはずれにあり、東海道線より離れているので、静かな佇まいがいまでも残り、昔がしのばれる。

潮見坂を上りきったところに、「潮見坂公園跡」がある。むかし、徳川家康がここに茶室をつくり、武田勝頼を破って尾張に帰る途中の織田信長をもてなしたと言われている。

本陣1、脇本陣1。 今は「跡」の石柱があるのみだ。
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by princetown | 2005-08-06 11:17