よせばよいのに、京に向かって


by princetown

五十三次旅日記 33 吉田宿

江戸より34番目の宿 日本橋より約289km

吉田と言われても、いったいどこに存在するのか。いまのわれわれは豊橋と言うとすぐ分かる。
大体この吉田周辺の地は鎌倉時代には東海道の往来が盛んだった。

広重の「豊川橋」の絵を見ると、吉田城がまさに完成直前。とび職人が足場を作り、天守閣の工事をしている。

豊川は大きな川で、江戸時代には大きな帆船が出入りしていたと言う。近くの保存館には当時の「問屋場復元模型」があり、繁盛していたことがしのばれる。

飯盛り女の多いことでもしられ「吉田通れば二階から招くしかも鹿の子の振袖が」と当時謡われた。 

本陣2、脇本陣1、旅籠65。東海道としては、大きな宿場のひとつだった。
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by princetown | 2005-09-07 16:51 | 日記、一般